静かな雨が、体を濡らして…
この雨が…
俺の怒りを鎮めてくれたら良いのにと。
何度も
何度も
そう願った……。
《鳴き声》
「っんだよっ!お前はそんな中途半端な決意で東宮やってたのか?!」
「違いますっ!民に誠実でありたい、皆さんの幸せになれる京を作りたい…っ!でも僕はっ…それ以上にあな「言うなっ!…見損なったぜ。彰紋…」
もう数刻前の事だろうか…。
いつも通りに逢瀬の約束をし、待ち合わせ場所にさせてもらっている紫姫の館に行った。すると深苑から、とんでもない事実をイサトは聞かされた。
《最近お主との逢瀬の際、彰紋様は公務を蔑ろにされてしまうそうだ》
と…。
それを彰紋に問い詰めてみたら、その事実を認めた…そこから、喧嘩に発展して、イサトは館を一人飛び出してしまったのだ。
イサトだって、一緒に居たいと思う気持ちはある…でもそれは立場が許さない。
だから、限られた時間で満足していた。
彰紋なら良い京を作れると信じてる。
だからこそ、自分の事で今までしてきた事を無駄にしてほしくないのだった…。
「…彰紋…泣いてるだろうな」
雨にぬれながら、思い出すのは館を飛び出した時刹那に見た、彰紋の泣きそうな顔。
「…」
なんで。
どうして
自分はいつも
怒りが勝ってしまうのだろう…
どうして、冷静に話す事が出来ないのだろうか
後悔の繰り返し…。
「…ん?」
立ち止まったイサトの足に、子犬がすり寄ってくる
「…どうした?
迷子んなったのか?」
イサトは子犬を抱き上げて、どこか子犬が濡れない場所を探しはじめた。
◆◆◆◆◆◆
「彰紋様…」
悲しげな瞳でイサトが去ってから黙り込んでしまう彰紋に、紫姫が声をかける
「…いけない事をしているのはわかっていました…」
ぽつり、かき消されそうな声で呟く。
でも、少しでもイサトが喜んでくれたから…
「…愚かな事をしました…」
彼がそんな僕を望む筈はないと、どうしてもっと早く気が付かなかったのか…
「イサトを…苦しめてしまった…」
「彰紋様…確かに、あなたのしてしまった事はいけない事です、ですけれどそれは、イサト殿を想っての事。…今回それで気付いたのなら、これからはしないようすれば良いのです…イサト殿も、彰紋様のお気持ち、わかってくださってますわ…。彰紋様なら、と信じているからこそ、ああ仰ったのでしょうし…」
「紫姫…」
「あっ…申し訳ございません彰紋様…差し出がましい事を申しました…」
「いいえ…紫姫…ありがとう。そうですね…失敗したら次は失敗しないように両立すればいい…
イサトに謝って来ます!」
彰紋はにこりと微笑んで、紫姫の館を後にした。
◆◆◆◆◆
「此処なら濡れないだろ」
民家の長屋の屋根の下に入って、子犬を寒くないように抱きしめてやる。
「…お前よりは濡れてないから、多少は温められるよ。早くお前の家族、見つけられたらいいな」
くぅん、と心細げな鳴き声をして、子犬が鳴く。その頭を撫でてやりながら考えるのは、彰紋の事ばかりで…
「……」
…………。
しばらくの間そのまま子犬を抱いていると、遠くから、わんっ!と違う鳴き声がして。
その鳴き声が聞こえると腕からするりと子犬は抜け出して駆けていく。
「お前の家族か。良かったな?今度は迷子んなるなよ!」
離れてく子犬を見送って…
一人になると、寂しくなってきて……。
膝を抱えて微かに肩を震わせるイサト。
「彰…紋」
譫言のように呟くと、隣に人影ができて…。
「…イサト。」
その人影は傘をおろして、震えるイサトの肩を抱きしめる
「…イサト。ごめんなさい…イサト…」
「彰紋…?」
「…ちゃんと…頑張りますから…逃げないから…だから僕を嫌いにならないで…」
「…俺も…。ごめん…彰紋…嫌いになんかならない…愛しすぎてもう…壊れそうなんだ…」
「…イサト…僕も…愛してます…それこそ…何より…誰より…貴方が望む方法で、二人で幸せになりましょう…?」
貴方が、泣いている気がして…。
貴方の微かな泣き声が、聞こえた気がして。
そしたら、心細げな子犬の声がして。
「…子犬の鳴き声が、僕を導いてくれたんです。…あの子に、感謝しないといけませんね」
二人寄り添って傘に入って。
迷惑をかけた紫姫を安心させようと、二人、館への道を歩いていった……。
|